「最初はグー」は志村けん考案?飲み会から生まれた誕生秘話と普及の真相
日本全国の誰もが一度は口にしたことがあるジャンケンの決まり文句「最初はグー」。今や世代を問わず常識となったこの掛け声だが、実は昭和を代表する稀代のコメディアン、志村けんさんが発案した文化であるという事実をご存じだろうか。
古くから伝わる伝統的な遊戯作法のように思われがちだが、その発祥は民俗学的なルーツではなく、とある夜のプライベートな酒席にあった。テレビ番組を通じて瞬く間に全国の子供たちへ広まり、日本人の身体感覚にまで溶け込んだ「最初はグー」の知られざる誕生の背景と、時代を動かしたメディアの熱量を追う。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:「最初はグー」の発祥は、志村けんさんが仕事終わりの飲み会でタイミングを合わせるために思いついたアドリブである。
- 要点2:伝説的バラエティ番組『8時だョ!全員集合』のコント内で使用されたことで、爆発的なスピードで全国へ普及した。
- 要点3:地方ごとにバラバラだったじゃんけんの掛け声を一本化させ、大衆文化のスタンダードとして定着させた。
【誕生秘話】「最初はグー」の由来は飲み会?志村けんが明かした意外な発祥の真相
「最初はグー」というフレーズの原型が生まれたのは、1970年代後半のことである。当時、国民的人気を誇っていたザ・ドリフターズの若きエースとして多忙を極めていた志村けんさんは、仕事終わりに番組スタッフや飲み仲間たちと毎夜のように麻布十番や六本木の酒場へ繰り出していた。
酒宴の終わり際、誰が飲食代を支払うかを決めるために行われていたのがジャンケン勝負だった。しかし、参加者全員が泥酔しているため、各自が出すタイミングがまったく合わない。「じゃん・けん・ぽん」のリズムがバラバラで、あいこが何度も繰り返され、一向に決着がつかない状況に業を煮やした志村さんが、手拍子を打つように叫んだ一言がすべての始まりだった。
「みんな酔っ払って手が揃わないから、『最初はグー』で手を合わせてから出そうぜ!」
全員が最初に拳(グー)を突き出すことで視覚的な基準を作り、タイミングを強制的に同期させるという極めて実用的な工夫だった。単なる酒の席の思いつきであり、この時点では本人もこれが日本全国のスタンダードになるとは夢にも思っていなかったという。
【全国拡大の舞台裏】『8時だョ!全員集合』で爆発的ブームを巻き起こした経緯
酒場での便利なローカルルールを、国民的カルチャーへと昇華させたのは、最高視聴率50.5%を記録したTBSの怪物番組『8時だョ!全員集合』だった。
1979年(昭和54年)頃、番組内のショートコントや対決コーナーにおいて、志村けんさんと仲本工事さんが体を張った勝負を行う際、志村さんが飲み会で使っていたフレーズをそのまま番組のアドリブとして持ち込んだ。これが画面越しに強烈なインパクトを与えることになる。
当時の放送では、以下のようなリズミカルな掛け声とともに披露されていた。
「最初はグー、またまたセー、いかりやチョー介 頭はパー、正義は勝つ!ジャンケンポン!」
リーダーのいかりや長介さんをコミカルにいじるフレーズを織り交ぜた軽快なテンポは、テレビの前の子供たちを瞬時に虜にした。放送翌日の月曜日には、全国の小中学校の校庭や教室で「最初はグー」を真似る子供たちの姿が溢れかえり、わずか数か月で日本全土の共通言語へと拡大していった。
【じゃんけんの歴史を変えた】掛け声の不統一を解消した「ルールの革命」
志村けんさんが生み出した「最初はグー」は、単なる一発ギャグにとどまらず、日本のじゃんけん文化そのものを塗り替える「ルールの革命」でもあった。
それまでの日本におけるじゃんけんは、地域や年代によって掛け声やリズムが大きく異なっていた。関東では「じゃん・けん・ぽん」、関西では「いん・じゃん・ほい」、あるいは地方ごとの独特な前置きが存在し、異なる地域の出身者が集まるとリズムが噛み合わず「後出し」のトラブルが発生しやすいという構造的な課題を抱えていた。
「最初はグー」という導入は、参加者全員が最初の手をあらかじめ固定することで、以下の3つの機能を一瞬で果たした。
・テンポの同期:全員が同一のリズムに乗るためのカウントダウン機能
・不正の防止:手を握った状態からスタートすることで後出しを物理的に抑制
・公平性の担保:地域差のあるローカルルールを無効化する共通インターフェース
ゲーム理論の観点から見ても極めて優れたこのシステムは、メディアの拡散力と相まって、数百年続いてきた民俗遊戯の作法をわずか数年で書き換えてしまったのである。
【相方・仲本工事との名勝負】コントから生まれたバリエーションと「またまたセー」
当時のコントで欠かせなかったのが、体操仕込みの身軽な動きで人気を博していた仲本工事さんとの掛け合いである。二人が繰り広げるジャンケン決闘は、毎回エスカレートする掛け声のバリエーションによって会場の爆笑を誘った。
特に視聴者の間で語り継がれているのが、「またまたセー」という独特のフレーズだ。これは、最初に出したグーに続いてもう一度リズムを溜めるための合いの手であり、音楽的なグルーヴ感を生み出す効果を持っていた。さらに「いかりやチョー介 頭はパー」と続けることで、ドリフターズ内の上下関係を笑いに変える痛快な仕掛けが完成していた。
志村けんさんの卓越したリズム感覚と、仲本工事さんの完璧なリアクションが生み出したこのコントは、単なるお笑いを超えて、子供たちが友達同士でリズムを共有するための「遊びのプロトコル」として日本中に定着していった。
【国民的ギャグの系譜】志村けんが生み出した日本語カルチャーの遺産
志村けんさんが日本の大衆文化に残した言葉やリズムの遺産は、「最初はグー」だけにとどまらない。その発想力は、常に日常の何気ない会話や身体動作をキャッチーなエンターテインメントへと変換する天才的な嗅覚に支えられていた。
・東村山音頭:郷土芸能をアレンジし、全国的なブームへと押し上げた金字塔
・ヒゲダンス:言葉を使わず、音楽と動きだけで笑わせるマイム芸の極致
・カラスの勝手でしょ:童謡の替え歌が全国の児童文化へと浸透
・「だいじょうぶだぁ」「アイーン」:日常の挨拶や感情表現として日本語に定着した定番フレーズ
言葉の壁や世代の垣根を軽々と越え、誰もが無意識に使ってしまうフレーズを生み出し続けた志村けんさん。その中でも「最初はグー」は、今なお毎日日本のどこかで発声され続けている、最も寿命の長い文化的功績の一つである。
【志村けんの「最初はグー」】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:「最初はグー」は志村けんさんが著作権などを主張しなかったのですか?
A1:志村けんさん自身は著作権や権利を主張することは一切ありませんでした。「みんなが楽しく使ってくれればそれでいい」というスタンスを貫き、大衆の共有財産として自由に浸透していったことが、これほど広く定着した大きな要因です。
Q2:いつ頃から全国の教科書や一般的なルールブックに載るようになったのですか?
A2:1980年代半ばには全国の子供たちの間で完全に標準化され、1990年代以降は子供向けの集団遊びの指導書やレクリエーション教本などでも、公式な進行手順として記載されることが一般的になりました。
Q3:「最初はグー、またまたセー」の「セー」にはどういう意味があるのですか?
A3:明確な言語的意味はなく、掛け声のテンポを整えるための「音頭の合いの手」です。ジャンケンを出す直前のタメ(休符)を作るための音楽的な役割を果たしていました。
まとめ:日常の風景に生き続ける志村けんさんの不滅の足跡
今日、公園や学校、あるいは大人のビジネスの場や飲み会でさえ、ジャンケンをする際には当たり前のように「最初はグー」と声が上がる。その発祥が、ある夜の居酒屋で泥酔した仲間たちと楽しむために発した一言だったという事実は、志村けんさんという稀代のエンターテイナーが持つ「人間味」と「天才的な身体感覚」を如実に物語っている。
テレビという巨大なメディアを通じて放たれたアイデアが、伝統や慣習を塗り替え、半世紀近くにわたって日本人の日常に溶け込み続けている。私たちが拳を突き合わせるその一瞬一瞬に、志村けんさんが遺した笑顔のリズムは今も確かに息づいている。 (出典: 志村 けん 最初 は グー(Yahoo!ニュース))