さまぁ〜ずの同期芸人は誰?極楽・千原兄弟ら豪華レジェンドと秘話
テレビ東京系『モヤモヤさまぁ〜ず2』をはじめ、数々のバラエティ番組で唯一無二の脱力系ポジションを確立しているさまぁ〜ず(三村マサカズ・大竹一樹)。芸歴35年を超えた現在も第一線で活躍し続ける彼らですが、ふと「さまぁ〜ずの同期芸人は一体誰なのか?」と気になったことはないでしょうか。
実は、彼らとデビュー時期を同じくする同期には、極楽とんぼやFUJIWARA、千原兄弟など、現在のお笑い界を牽引する大物レジェンドがずらりと並んでいます。旧コンビ名「バカルディ」時代の下積みから、東西の垣根を越えた意外なライバル関係まで、知られざる同期芸人との交友録と歴史を徹底解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:さまぁ〜ずの結成・デビューは1988年〜1989年で、吉本興業のNSC大阪8期生(FUJIWARA、千原兄弟など)や極楽とんぼと完全な同期にあたる。
- 要点2:キャイ〜ンやくりぃむしちゅーは『ボキャブラ天国』などで同世代に見えるが、芸歴上はさまぁ〜ずが数年先輩の関係性である。
- 要点3:ホリプロ初のお笑い芸人として孤独なスタートを切り、改名劇や不遇の時代を共に駆け抜けた同世代・同期との絆が現在の人気の礎になっている。
【デビュー年1988】三村マサカズ・大竹一樹の結成経歴と「同期」の基準
さまぁ〜ずの歴史は、東海大学付属高輪台高校の同級生だった三村マサカズと大竹一樹が意気投合した高校時代にさかのぼります。高校卒業後の1988年にコンビを結成し、翌1989年にホリプロ初のお笑いオーディションに合格。本格的なプロデビューを飾りました。
お笑い界において「同期」を定義する場合、吉本興業のようにNSC(吉本総合芸能学院)の期生で区切る文化が一般的ですが、他事務所出身の芸人は「プロとして劇場やテレビの舞台に立ち始めた年」を基準にします。さまぁ〜ずの場合、活動開始の1988年から事務所所属の1989年がデビュー年に該当するため、この時期にスタートを切った芸人たちが正真正銘の同期となります。
結成当初のコンビ名は「バカルディ」。研ぎ澄まされたシュールなコントで若手時代から頭角を現し、関東のお笑いライブシーンでは圧倒的な存在感を放っていました。
【吉本NSC換算】極楽とんぼ・FUJIWARA・千原兄弟ら超豪華な同期組
さまぁ〜ずの同期には、現在のお笑い界を語る上で欠かせない錚々たる顔ぶれが揃っています。東西の養成所や事務所の枠を超えて同期とされる主な芸人は以下の通りです。
吉本興業でいえば、NSC大阪8期生(1989年入学)がさまぁ〜ずとほぼ同時期に活動を開始した世代にあたります。具体的には以下のメンバーが該当します。
【さまぁ〜ずと同期にあたる主な芸人】
・極楽とんぼ(加藤浩次・山本圭壱):1989年に吉本のオーディションを経て結成・デビュー。
・FUJIWARA(藤本敏史・原西孝幸):NSC大阪8期生。
・千原兄弟(千原ジュニア・千原せいじ):NSC大阪8期生。
・バッファロー吾郎(竹若元博・バッファロー吾郎A):NSC大阪8期生。
・なだぎ武:NSC大阪8期生。
・よゐこ(有野晋哉・濱口優):松竹芸能所属、1989年結成。
特に極楽とんぼは、吉本興業が東京進出の足がかりとして開設した劇場オーディションの1期生であり、東京のお笑いシーンで切磋琢磨した間柄です。加藤浩次と三村マサカズは、後年のバラエティ番組でも「昔はバカルディが東京ライブのトップだった」と語るなど、お互いの実力を早い段階から認め合っていました。
また、関西で「心斎橋筋2丁目劇場」のカリスマとして爆発的人気を誇っていた千原兄弟やFUJIWARAとも、東西対決特番などを通じて早くから意識し合うライバル関係にありました。千原ジュニアは自身のYouTubeや対談番組で、バカルディ時代のコントの完成度に衝撃を受けたと度々振り返っています。
【キャイ〜ンやくりぃむとの関係】先輩・後輩?ボキャブラ世代の事実
1990年代後半の伝説的番組『タモリのボキャブラ天国』で大ブレイクを果たした芸人たちとは、ひとまとめに「ボキャブラ世代」と呼ばれがちですが、芸歴の上下関係は明確に存在します。
まず、長年親交の深いくりぃむしちゅー(旧・海砂利水魚)は1991年結成のため、芸歴ではさまぁ〜ずの2年後輩です。しかし、プライベートでは大竹一樹と有田哲平が独身時代に頻繁に遊んでいたり、『新・ウンナンの気分は上々。』の番組内対決で共に改名を命じられたりと、運命共同体のような盟友関係を築いています。
同様に、『ボキャブラ天国』で一世を風靡したキャイ〜ン(ウド鈴木・天野ひろゆき)も1991年結成であり、さまぁ〜ずのほうが先輩にあたります。ウド鈴木は三村マサカズを「師匠」のように慕っており、バラエティ番組で共演する際にも深い敬意を払う姿が印象的です。
また、同世代の兄貴分として知られる出川哲朗は劇団SHA・LA・LAの結成が1985年のため、さまぁ〜ずより3年ほど先輩です。一見すると同期のようにタメ口で掛け合うシーンも見られますが、下積み時代を共有した信頼関係があるからこその絶妙な距離感といえます。
【ホリプロお笑い第1号】パイオニアとしての苦悩と後輩たち
さまぁ〜ずのキャリアを語る上で見逃せないのが、所属事務所であるホリプロにおける立ち位置です。現在でこそバナナマンやスピードワゴン、クワバタオハラなど多数の人気芸人を抱えるホリプロですが、さまぁ〜ずが所属した1989年当時、同社にお笑い部門は存在していませんでした。
俳優やアイドル、歌手が中心の大手芸能プロダクションの中で、さまぁ〜ずはまさに「ホリプロお笑い部門の第1号タレント」でした。先輩芸人が社内に一人もおらず、ネタの相談ができる相手もいない手探りの環境下で、2人は自力で道を切り拓く必要がありました。
その後、1993年に結成されたバナナマン(設楽統・日村勇紀)がホリプロ系列の公演に参加するようになり、事務所の枠を超えて強固な絆で結ばれていきます。バナナマンにとってさまぁ〜ずは憧れの直属の先輩であり、三村と大竹にとっても初めてできた頼もしい直系の後輩として、現在に至るまで『さまぁ〜ず×さまぁ〜ず』や特番などで温かい師弟関係が続いています。
【バカルディ改名から現在へ】同期・同世代芸人との胸熱エピソード
1990年代初頭に若手コント職人として高い評価を受けたバカルディでしたが、ボキャブラブームの終焉とともに一時的なテレビ露出の減少、いわゆる「冬の時代」を経験します。
その状況を一変させたのが、2000年に放送された『新・ウンナンの気分は上々。』での改名対決でした。海砂利水魚とのビーチバレー対決に敗北し、コンビ名を「さまぁ〜ず」に強制改名させられた事件は、お笑い史に残る大転換点となります。この改名をきっかけに三村の「〜かよ!」という独特のツッコミが全国区で再評価され、大復活を遂げました。
不遇の時代を知る同期のFUJIWARA・藤本敏史や千原ジュニアらは、さまぁ〜ずが再びバラエティの中心に返り咲いた際、自分のことのように喜んだといいます。東西の激しい劇場闘争を経験しながらも、酸いも甘いも噛み分けた同世代芸人たちの間には、言葉にせずとも通じ合う深いリスペクトが存在しています。
【さまぁ〜ずの同期】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:さまぁ〜ずは吉本のNSCでいうと何期生と同じですか?
A1:さまぁ〜ずは1988年結成・1989年プロデビューのため、吉本興業のNSC大阪8期生(1989年入学)と同期になります。代表的な同期にはFUJIWARA、千原兄弟、バッファロー吾郎、なだぎ武などがいます。
Q2:くりぃむしちゅーとは同期ではないのですか?
A2:同期ではありません。くりぃむしちゅー(旧・海砂利水魚)は1991年結成のため、さまぁ〜ずの2年後輩です。ただし『ボキャブラ天国』や『気分は上々。』での改名劇を共に経験した盟友であり、実質的な同世代トップコンビとして親密に交流しています。
Q3:ホリプロの中でさまぁ〜ずの同期芸人はいますか?
A3:ホリプロのお笑い部門において、さまぁ〜ずと完全な同期の芸人はいません。彼らが事務所のお笑い第1号として道を切り拓き、その後にバナナマン(1993年結成)やつぶやきシロー(1994年デビュー)といった後輩たちが続きました。
まとめ:芸歴35年を超えて輝き続ける黄金世代の絆
さまぁ〜ずの同期には、極楽とんぼ、千原兄弟、FUJIWARAなど、平成から令和のお笑い界を最前線で作り上げてきた錚々たる顔ぶれが集結しています。事務所や東西のルーツは異なれど、お笑いブームの栄枯盛衰を共に生き抜いた彼らの結束力は今なお特別です。
肩肘を張らない唯一無二のスタイルで愛され続けるさまぁ〜ず。豪華な同期芸人たちと繰り広げる熟練の掛け合いや共演シーンには、35年以上積み重ねてきた確かな歴史とリスペクトが息づいています。 (出典: さ まぁ ず 同期(Yahoo!ニュース))