ぺこぱ「時を戻そう」誕生秘話と全肯定ツッコミが変えたお笑い界
2019年の『M-1グランプリ』決勝戦。ラスト10番手として舞台に現れたコンビが放った「時を戻そう」という一言は、深夜の生放送を見ていた数千万人の空気を一瞬で塗り替えました。激しい罵倒や容赦のない毒舌が主流だった従来の漫才シーンにおいて、相手のミスや理不尽をすべて優しく受け止める「全肯定ツッコミ」は、まさにコペルニクス的転回とも言える鮮烈なインパクトを残しました。
あの日から時を経た2026年現在も、テレビやラジオ、各種メディアの第一線で独自のポジションを築き上げているお笑いコンビ・ぺこぱ。彼らの代名詞となったフレーズ「時を戻そう」は、単なる一発ギャグではなく、長く過酷な下積み時代と度重なる試行錯誤の末に生み出された必然の結晶でした。国民的フレーズの誕生秘話からスタイルの変遷、そして現在の活躍までを徹底検証します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 誕生の真相:「時を戻そう」は綿密な戦略ではなく、ライブ中のミスや噛んだハプニングをカバーするために生まれたアドリブが原点。
- 全肯定への転換:毒舌漫才で全くウケず客席を凍らせ続けた挫折から、「すべてを受け入れる優しいツッコミ」へと舵を切った。
- 現在地と強み:一発屋で終わることなく、教育番組からバラエティ、音楽活動まで多才な個性を発揮し安定した地位を確立している。
【誕生秘話】「時を戻そう」はいかにして生まれたのか?
「時を戻そう」というフレーズの起源を探ると、そこには舞台上で起きたリアルなハプニングと、松陰寺太勇(しょういんじ たいゆう)の瞬発力がありました。最初から完璧な決め台詞として台本に書かれていたわけではありません。
インディーズ時代の単独ライブや劇場出番において、松陰寺が台詞を激しく噛んでしまったり、相方のシュウペイが段取りを飛ばしてしまったりした際、流れを止めずにどうリカバーするかという切実な問題に直面していました。通常の漫才であれば「噛んでんじゃねえよ!」と頭を叩いて笑いに変えるところですが、当時の松陰寺はすでに紫のスーツに身を包んだキザなキャラクターを模索中でした。
そこで咄嗟に出たのが、首を大きく傾げながら放つ「……時を戻そう」という一言でした。舞台上のミスを力技でなかったことにし、世界観を壊さずにネタの冒頭へ巻き戻すこのアドリブは、予想外にも劇場内で爆発的な笑いを生み出しました。失敗を責めるのではなく、時空を歪めて包み込むという唯一無二のギミックは、こうして偶然の産物から研ぎ澄まされていきました。
「誰も傷つけない笑い」への大転換|全肯定ツッコミを選んだ決定的な理由
ぺこぱの代名詞となった「全肯定ツッコミ(優しいツッコミ)」ですが、結成当初からこのスタイルだったわけではありません。むしろ初期の松陰寺は、鋭利な刃物のような毒舌で相手を切り捨てるオーソドックスな否定ツッコミを志向していました。
しかし、舞台に立っても客席の反応は冷ややかでした。松陰寺が強い言葉でシュウペイを罵倒すると、観客が笑うどころか引いてしまい、劇場に重苦しい空気が漂う日々が続きました。「自分たちの見た目や声質、コンビの空気感に、激しい否定ツッコミは合っていないのではないか」。深刻な壁にぶつかった松陰寺は、ツッコミの構造を180度転換させる決断を下します。
「間違いを否定するのではなく、一度すべてを受け入れてポジティブに変換したらどうなるか」。例えば、シュウペイが舞台上で急に勝手な行動をしても「急にどうしたんだ?」と怒るのではなく、「……いや、できない時は誰にだってある」と肯定する。このアプローチを試した瞬間、客席からこれまでにない温かい笑いが返ってきました。ギスギスした日常に疲れた観客の心に、相手を丸ごと肯定する笑いが深く刺さった瞬間でした。
『M-1グランプリ2019』で巻き起こした旋風と流行語大賞への軌跡
ぺこぱの名を全国区へと押し上げたのは、間違いなく『M-1グランプリ2019』でした。決勝初進出を果たした彼らは、笑神籤(えみくじ)によって最終10番手という極めてプレッシャーのかかる出順を引き当てます。
すでに会場のボルテージが最高潮に達し、観客も審査員も笑い疲れていた極限状態の中、松陰寺の「悪くないだろう」「時を戻そう」というフレーズが炸裂。否定しない漫才という新ジャンルは審査員陣にも衝撃を与え、大ベテランの松本人志氏や上沼恵美子氏からも絶賛を受けました。結果として最終決戦に進出し、総合第3位という大躍進を遂げます。
大会直後からメディアからのオファーが殺到し、翌2020年には「時を戻そう」が『ユーキャン新語・流行語大賞』のトップテンに選出。SNS上でも、失敗した同僚を励ます言葉や、気まずい空気を和らげる魔法のフレーズとして日常会話に浸透し、社会現象となりました。
結成からの苦難の道|ローラースケート漫才からたどり着いた新境地
大ブレイクを果たしたぺこぱですが、その前史は泥臭い迷走の連続でした。2人の出会いは2008年、渋谷の居酒屋バイト。バイトリーダーだった松陰寺(当時は本名の松井勇太)が、新しく入ってきた当時ギャル男だったシュウペイを半年以上口説き落とし、コンビを結成しました。
当初のコンビ名は「先輩×後輩」。試行錯誤を繰り返す中で、2人はインパクトを求めて様々なスタイルに手を出しました。
- HIPHOP漫才:B-BOY風の衣装でラップを交えながらネタを披露するも不発。
- 着物&ローラースケート漫才:光GENJIを彷彿とさせる衣装でステージ上を滑り回りながらボケる異色の漫才。松陰寺が着物を翻して滑るシュールな芸風だったが、劇場を破壊しかねないと怒られることもあった。
- キザキャラピン芸人風漫才:松陰寺がメイクをして紫スーツを着る現在の原型に到達。
ネタ作りを担当する松陰寺は「どうすれば売れるのか」と来る日も来る日もノートに向き合い、10年以上の歳月を地下劇場で過ごしました。相方のシュウペイの底抜けに明るいキャラクターと、自身のビジュアル系キザキャラを融合させ、たどり着いた答えがあの「全肯定漫才」だったのです。
【2026年現在】レギュラー番組と進化を続けるぺこぱの現在地
ブームから年月が経過した2026年現在、ぺこぱは「一発屋」のジンクスを軽やかに打ち破り、盤石なキャリアを構築しています。
NHK Eテレの教育系バラエティ番組をはじめ、民放各局の情報番組やバラエティ、ラジオのパーソナリティまで幅広いレギュラー枠を堅持。彼らの持つ「誰も傷つけないクリーンなイメージ」と「確かなトーク力」は、ファミリー層やスポンサー企業から絶大な信頼を獲得しています。
また、個人活動の幅も大きく広がりました。松陰寺太勇は、持ち前の論理的思考と独特の言語感覚を活かしてワイドショーのコメンテーターや音楽制作で活躍。一方のシュウペイは、持ち前の愛され力を武器にバラエティのひな壇やスポーツ関連番組で存在感を発揮しています。「時を戻そう」という強力な武器を大切に抱えながらも、それに甘住しないタレントパワーを確立しています。
【ぺこぱ「時を戻そう」】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:「時を戻そう」のポーズやセリフに著作権や元ネタはありますか?
A1:特定の映画やアニメからの直接のパロディではなく、松陰寺が追求していたビジュアル系ロックバンドやキザなホスト風キャラクターの仕草から生まれたオリジナル表現です。舞台上のミスをごまかすためのアドリブが洗練されて定着しました。
Q2:ぺこぱのネタ作りはどちらが担当していますか?
A2:基本的に松陰寺太勇がネタの構成や台本を一手に担っています。ただし、シュウペイの自然体なボケやリアクションを活かすため、2人の掛け合いの中で台詞を微調整しながら仕上げていくスタイルを取っています。
Q3:なぜ「優しいツッコミ」はここまで日本社会に受け入れられたのですか?
A3:過度な叩きや攻撃的なコミュニケーションに人々が疲弊していた時代背景と合致したことが大きな要因です。「相手の間違いを受け止めて肯定する」という構造が、笑いと同時に視聴者に強い安心感と痛快さを与えました。
まとめ:時代を動かしたフレーズとぺこぱが示すお笑いの未来
お笑いの歴史を振り返ったとき、ぺこぱが提示した「全肯定ツッコミ」は、漫才の構造そのものをアップデートした画期的な発明でした。「相手を叩いて笑いを取る」という旧来の固定観念を壊し、優しさとユーモアが両立することを証明した功績は計り知れません。
2026年を迎えた今もなお、彼らのスタイルは多くの後輩芸人に影響を与え続けています。過去の挫折やすべての迷走を受け入れ、自らの力で未来を切り拓いたぺこぱ。彼らが紡ぎ出す言葉は、これからも多くの人々の心を軽やかに照らし続けます。 (出典: ぺこ ぱ 時 を 戻 そう(Yahoo!ニュース))